のどかな午後の日差しが差し込む理事長室…

部屋の主たる星月は、先日行われた来年度の学園の予算会議で決定した資料の山に目を通し
必要な箇所に機械的に決済印を押していく…。
年度末はこうした事務的な作業が増えて、ろくに昼寝も出来ないと愚痴をこぼしながらも
この学園で生徒達が快適に過ごせるようにと配慮された予算をスムーズに行き渡らせるためには
理事長の印が必要なのだから仕方がない。
星月はめずらしくこの2・3日は理事長室に篭って理事としての仕事に勤しんでいた。

そして、星月とは対極の青年が一人…
理事長室の清潔なソファーに寝そべるように座って、青年が紅茶を啜っている。
大学時代にこの学園での教育実習を経て、結局今ではこの学園の天文科の教師に納まった水嶋郁だ…

郁は退屈だと言わんばかりに生あくびをかみ殺し、温くなった紅茶をソーサーへ戻しながら
恨めしそうに星月を見ている。

そんな郁の視線に、ひとつため息をついて星月は口を開いた。
「そんなに退屈ならば、授業の予習でもしておけよ。生徒達の質問に明確に答えられないと教師失格だぞ」

そんな星月の提案に「もう、済んだ」と一言つぶやく。

「今日の午後は授業の予定もないし、寮に戻って休息を取ってもいいんだけれど…琥太にぃが仕事をサボってないか見張りに来ているんだよ…」
「それならば…見れば分かるだろうが、サボるどころか仕事が山積みで忙しいんだよ。お前の相手をしている暇はないんだ。」
星月は退屈そうな郁を呆れたように睨みながら、資料の山を次々と片付けていく。

「忙しい、忙しいって最近はちっとも保健室にいないじゃない…だからわざわざコミュニケーションをとりに理事長室まで足を運んでやっているのに」
長い手足を眠気を払うようにグッと伸ばしながら、郁は星月の元へ歩み寄る。

「さぼりに来た…の間違いじゃないのか?全く…。それにスキンシップとコミュニケーションを間違えてないか?これじゃ仕事が出来ない…離れてくれ」
郁は執務椅子の後ろ側から椅子ごと星月に腕を回してきて、これでは資料に目を通すどころか身動きも取れない。

「間違えてなんかないよ?だって琥太にぃはこうして腕の中に捕まえてないと、話も出来ないじゃない。いつも猫みたいに逃げちゃうんだから…」
そういいながら星月の柔らかくて、スルスルとした髪に頬をすり寄せてくる。

「猫みたいなのはお前の方じゃないか…郁…」
「え…?僕が猫みたい…?どんな所が?」
「ほら、こうして気まぐれに甘えてきたり、擦り寄ってきたり…。気が乗らないときは全く姿をみせない…」
そう言いながら星月はくすっと笑った。昔からちっとも変わらないな…こいつは。

「なぁに笑ってんの?どうせ僕は成長しないな〜とか思ってるんでしょ…。」
「なんだ。拗ねちゃったのか?」くつくつと笑いながら、背丈ばかり伸びた子供を肩越しに見上げる。

郁はちょっとムッとした表情で星月を見下ろしていた。そしておもむろに口を開いた。
「あのさ…?琥太にぃは勘違いをしているよ?」その声音は落ち着きを取り戻していて、自信ありげな表情だ。
「勘違い?」
「そうだよ。だって猫は気まぐれに甘えたりはしないよ。気まぐれに見えるのは人間が猫を見ると甘えて擦り寄ってくるかも…って期待しちゃうんだ…。」
「猫に期待…?」
「そう。甘えてくるんじゃないか〜って期待してたのに甘えてこなかったらがっかり感が増幅されて、猫はものすごく気まぐれだな〜って思ってしまうんだよ。僕は猫を飼っているけれど実際はそんなにべたべたとは甘えてこないよ。」
「ふ〜ん。そんなものなのか。」
「そう。だから期待する人間の方がホントは猫に甘えて欲しいんだよ。」

そこまで言うと郁はニヤニヤと笑いながら、したり顔で言葉を続ける。
「だからぁ…琥太にぃが僕を猫のように気まぐれだと思うのは…」
そこまで言われて、星月はハッと思い立ったように顔を赤らめた。
「まて、郁。それ以上言うな!そんな事はないからな…!」
「いいから、最後まで聞きなよ」ニヤニヤが止まらないといった様子で星月に廻した腕に一層力を込める。

「だから、琥太にぃは…僕を見ると甘えてくるかもって期待しちゃうんだよ」
「期待なんかしていない!オレは別にお前に甘えて欲しいなんて期待したことはないぞ!」
「意識して期待するんじゃなくて無意識のうちに脳の中で期待しちゃうんだって」
「そそ…そんな事はありえない」
「ありえるの。だって僕が甘えてこないとがっかりしちゃって、気まぐれだなぁ…あいつは…って思っちゃうわけでしょ?」
「が…がっかりなんかしていない!」
「してる。僕が忙しくて保健室に来れなかったら、姿を見せないって拗ねてたじゃない。なぁに?そんなに僕に甘えて欲しいの?」
嬉しそうにクスクス笑いながら郁はますます星月に擦り寄ってくる。

「こら、何をする!今は仕事で忙しいんだ!」
「でも。琥太にぃの頭の中は僕に甘えて欲しいって期待しちゃってるわけだから…」

星月の首筋にキスを落としながら、郁は言葉を続ける。
「ココは大好きな琥太にぃの期待に応えないとね。幸い理事長室ならば誰も来ないだろうから…思いっきり甘えちゃおうかな」
「郁っ!やめろって言って…」星月の制止の声も郁の柔らかな唇に吸い取られてしまう。

「全く…分が悪いな…。でも悪い気がしないのが不思議だ」心の中で苦笑いしながら、星月はゆっくりと瞳を閉じた。



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郁琥です。大好きCPのひとつです。
攻めは年上が良いと思っていた自分に年下も中々良いじゃないか〜と新天地を示してくれたCPです(笑)
何だかんだと言いながら、郁を甘やかす琥太にぃが大好き〜♪

10.02.24