君と見る明日(頂き物)


夏目は東京からほど近い有名な高原の別荘地にいた。
高原は照りつける太陽もそれほど強く感じず爽やかな空気を纏っている。
盛りのシーズンではないせいか、はたまた廃れてきてるのかは分からないが、
先ほど寄った観光通りは人もまばらでお忍びで来るには最適だった。
面の割れた名取と一緒に旅行するのは結構勇気がいる。
けれども旅行なんて名取と出会う以前はしたこともなかったから、
色々な所に連れて行ってくれることが本当に嬉しい。大事にされているようで擽ったい。

「気持ちいいですね。」
葉の隙間を介して光がキラキラと降り注ぐ。
名取は夏目の弾んだ声に目を細めてホテルの庭先のオープンテラスへと誘った。
「どうぞ。」
慣れた調子で椅子を引かれて戸惑いながらも夏目はその椅子に腰かけた。
ニャンコ先生は空いている椅子に乗ると早々に昼寝を始める。
木々がうまい具合に覆い茂りその木陰は爽やかな風を夏目達に届ける。
それほど広くないテラスはティータイムやランチの時間ではないせいか二人と一匹だけだった。

明日はどこに行こうかと取り留めのない話をしていると、
間もなく注文したものがテーブルに届けられた。
アイスティーと頼んだはずのない藤籠に入った焼き菓子。
透明なセロハンと取っ手のところには赤い細いリボンが幾重にも結んである。
リボンの裾がくるくると巻かれていて可愛らしい。
「ここの焼き菓子はおいしいんだよ。ご家族に持っていくといい。」
先回りの気配りに恐縮しながらも夏目は微笑んだ。
「塔子さんきっと喜びます。ありがとうございます。」
なんとなく気恥ずかしくてリボンを弄ぶ。
木漏れ日がセロハンに反射して揺らめくのがなんとも綺麗だった。

併設された教会から鐘が鳴りだした。
静粛で厳かな気分にさせられるその鐘にふたり耳を澄ます。
夏目が指で弄んでいるそのリボンに名取が茶化した。
「指に絡めているとまるで運命の赤い糸みたいだね。」
教会では結婚式も挙げられるのだろう。
それを揶揄しての言葉に違いない。
ほんの少し頬を染めて夏目がそのリボンを離す。

「君の糸はどこに繋がっているんだろう。」
珍しく控え目な声音で呟く名取に思わずその顔を見つめる。
言わなくていいことを言った、と、少しだけばつの悪そうな名取の表情が珍しくて夏目は笑った。
そうしてふと目の前の赤いリボンをひとつ、しゅるりと解いた。

「…手、貸して下さい。」
「…え?」
「いいから。」
半ば強引に夏目が名取の手を取る。
そうしてその小指に細い紐のようなリボンを不器用に結ぶ。

「…夏目?」
名取の声が震えた。
夏目はそれに照れたように、だけども満足そうに笑顔を見せる。

「…赤い糸は運命に決められるんじゃなくて、自分で結びたいんです。」
夏目のまっすぐな物言いと視線に言葉が詰まった。

「…運命の中に偶然はない。人は運命に会う以前に自分でそれを作っているのだ。」
夏目は一気にそれを言ってにこり、と微笑む。
「…有名な言葉ですけど…それを知った時、なんだか救われたような気がしました。」
アメリカ歴代の某大統領の言葉だ。
「…うん。」
ようやく出てきた言葉はそれで、名取は思わず自分を嘲笑った。
もう少し想いを伝える気がきいた言葉があったのではないか。でも胸がいっぱいでどうしようもない。
苦笑いをして指に巻かれたリボンをそっと撫でた。

「名取さん?」
「…運命なんて変えられるわけないと思ってた。」
人間はただそれに翻弄されていくものだと思っていた。
名取の正直な言葉に夏目がうなづく。
「・・そうですね。」
名取の言っていることがよく分かるから。
変えられるものなら妖なんて見える運命を変えていた。
でも今は少しだけ感謝している。
この力がなかったら二人を結びつけるものは何一つなかった。
だからこそ思う。
『なぜ』『どうして』と問いかけながら生きていくよりも自分が選んだ運命なのだと思った方がずっといい。

「強く思っていれば変えられることも…いや、自分で選ぶこともできるってことだね。」
君が教えてくれた。
名取がそう言って目を細める。
「現に思っている方向に進んでいる気がするよ。」
「…だったらよかったです。」
夏目は照れたように笑って小指を差し出した。
「…俺のも結んでくれますか?」

「…喜んで。」

名取は自分の小指の先に繋がっている末端を夏目の細い指に巻きつけた。
「…これで運命が繋がった。…こんなもので繋ぎ留められるわけないって分かってるけど…でも。」
今は信じたい。
自分から選んだこの運命を。

その言葉は少し淋しげで夏目はそれに堪らずその指に触れる。
夏目に名取の過去は計り知れない。
ただ、きっと、平坦な道ではなかっただろう。
多分、自分よりもずっと。
いつかそれを聞いてあげられるだけの器がもてるだろうか?
夏目は心の中で問う。
でもきっと持てなくてもいいのかもしれない。
そうではなくて前を向いていていいのだと。
この人の先を見つめていたい。
過ぎた過去はもう還らないのだから。
だから…。

「名取さんの未来を少しだけもらえますか?」

瞬時に瞠目して名取は吐息を落とした。
「…君はそれがどれくらい凄い殺し文句かなんて気づきもしないんだろうね。」
「…え?」
「…いいや。こっちの話だよ。」
苦い笑いを含んだ甘い溜息をつく。
夏目はその意味を測りかねて名取を見つめた。

「…少しだけでいいのかい?」
「っ…それは…」
囁かれた名取の言葉に心を見透かされたようで赤くなる。
「…だってどれだけ望んだら名取さんの負担にならないですか?」
「…なるわけないだろ?…いくらでも。」
「…。」
「…君が欲しいだけいくらでもあげるよ。だから望んで?」
囁くようなからかうような声音に一瞬惑い、漏れるように言葉が零れ落ちた。
「…じゃあ、ずっと。」
「いいよ。約束しようか。」
そっとその赤い糸を手繰り寄せる。
そのまま結んだ指を取ると恭しくその指にキスを落とした。

「君に永遠を約束する。」

見つめる瞳が真剣な色を帯びて夏目を包む。

「…大袈裟。」
「大袈裟で結構だろ?」

「…ですね。」
夏目が微笑む。


もし、その糸がほどけたらまた結べばいい。
努力なしに運命に溺れる気などない。
そして…
小さな約束から少しずつ届けばいいと思う。
ふたりで進む未来はまだいくらでもあるのだから。



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infiniteの暖乃さまへ押し付けた「サイト一周年おめでとう!」の絵に素敵なssをつけて頂きましたv
キリ番を踏めなくて(何度も挑んだ)凹んでた自分を天国へ連れてってくださいました!
夏目は意外に「運命の赤い糸」なんてものを信じていそうな気がします(オトメンなので)
名取さんはそんな可愛い夏目にメロメロなのです(苦笑)
もう、デレた名夏しか描けないかも知れません…

暖乃さまのサイトのブログでこのssの「後日談」が読めます
そのお話も名取さんの優しさにジーンと目頭が熱くなる…そんなお話です
ぜひ、読んでみてください!

最後になりましたが、暖乃さまへ…
自分の妄想だらけの絵に素敵なお話をありがとうございました!
これからも、色んな事での妄想リンクができる事を楽しみにしておりますv



09.05.30