「始まりの・・・・」




「それにしてもおっちゃんみたいに、ずーっと独り身ってのも寂しいよなー。戦ってる姿とか結構かっけーのに何で結婚してないのー?」
「おおい、誰だ。張飛に酒飲ませたのは!ったく、つまんねー事で絡らむな!」

「二人ともいい具合に出来上ってるね・・・」

酔っ払い二人に対し、蘇双の冷たい一言が呟かれる。
今日は下邱でお祭りがあるということで、夕食には少しづつだが酒が振る舞われ、世平や猫族の大人たちは久しぶりの上質の酒の味に舌鼓をうっていた。
だが、大人たちがいい気分で盛り上がっている所へ、張飛が足元おぼつかない様子で踏み込み世平の隣へ座り絡んできた。

「ねーねー、おっちゃんは好きな人いなかったの? あ、もしかして振られて未だに引きずってるとかあ?」
「何だ張飛、知らないのか? 世平はな・・」
「あ、お前!それ以上言うと!!!」

猫族の男の一人が世平の過去を話しだそうとすると、世平が慌てて止めに入る。

「なんだよ、おっちゃん・・。いいじゃんかよー!昔の話だろ? なあ、蘇双も聞きたいだろ?」
「別に・・・。というか、うざい・・。酔った張飛はいつもの倍以上にうざいね」
「だよな。普通に話してるみたいだけど、目が据わってて怖いぜ張飛」
「んだよー!人がいい気持ちで宴を楽しんでるってのに!」

今度は関定と蘇双に絡みだし、彼らの膝枕で寝ている劉備が張飛の大声に起こされそうになる。
「もうお前はいいから部屋で寝ろ!目が据わって足元もふらふらだろう・・」
「えぇ!宴はこれからじゃないか!オレを一人にするなよう・・」
「もう十分楽しんだでしょ・・。 あ、関羽!」

蘇双が広間の出入り口に視線を向ける。
そこへ新しい料理の皿を手にした関羽が入ってきた。

「どうしたの、蘇双?」
「この酔っ払いどうにかしてくれない?僕たち絡まれて困ってるんだ」
「え?張飛、お酒飲んじゃったの? そんなに強くないのに・・」
「正月のお屠蘇で酔っ払うヤツだもんな。ちょっぴり飲ませただけでこの状態だよ」
蘇双と関定が苦笑いしながら、張飛を関羽の方へ押しやる。
ふらふらと関羽の方へ歩み寄った張飛は、ぼんやりと焦点の合わない目で関羽を見降ろした。
いつの間にか見上げるほどに背の伸びた張飛に一瞬ドキリとしてしまう。それを悟られない様に張飛の腕をとり大広間の出口へ誘導する。

「ほら、張飛。少しお部屋で酔いを醒ましましょう?」
「こ・・子供扱いすんなよな。 一人で歩けるし」

関羽の手を振り払い、一人でふらふらと大広間を出る張飛を追いかけて関羽も広間を出る。
人気のない廊下へ出るとふらつく張飛の腕を取る。今度は振り払われる事も無く大人しくついて来た。

(さっきは人目があったから振り払ったのかしら?)

そんな事を考えながら、張飛の部屋の扉を開けるといつもの如く、乱雑に物が置かれた部屋が視界に入ってきた。
「またこんなに散らかして・・。とりあえずお水、飲む? 酔いが少し醒めるわよ?」
器に水を注ぎ手渡すと、無言で受け取り飲み干してしまった。

部屋の机には木の実で作った独楽や、綺麗な絵が描かれた絵札と読み札が片付けられる事無く無造作に置いてあり下邱の子供たちと遊んだ後がそのままの状態になっていた。
少し片付けようと机の上の玩具に手を伸ばそうとしたところで声を掛けられる。

「ねえ、姉貴・・」
いつもより低く、聞いたことのない甘い声音で囁くように呼びかけられ、動揺してしまう。
「な・・、なあに? 寝台で休むんならお布団を整えるから・・」
「オレってさぁ、姉貴にとっての何?」

ふわりと背後から抱きしめられ拘束されてしまう。 酔って絡んでいるにしては性質が悪い。
「張飛は張飛じゃない。同じ猫族の仲間で、おさなな・・・」
「そう言う事じゃなくてさあ!」

少し声を荒らげ、関羽を抱く腕に力が籠もる。
「そう言われても・・・。・・そうね、安心して背中を預けられる弟・・かしら」
「はあぁぁぁ・・やっぱ弟かよ・・」
「どうして・・?」
「弟ってさぁ・・微妙だよね。一番近くにいるのに手に入れる事はできないんだぜ?」
「・・・手に・・入れる?」
「そ、つまりこう言う事・・・」

どさりと、寝台に押し倒される。くるりと仰向けに体が反転したかと思うとそのまま覆い被さってきた。
噛み付く様に、少し乱暴に唇が重ねられる。
「ん・・・っ、ふ・・っぁ・・」
「あね・・・、いや、関羽・・・」
「張・・飛・・・?」
「関羽・・・俺は男だよ。 弟じゃねー。わかってよ・・」
「や・・だめっ・・」

耳朶を甘噛みしながら、甘く囁かれると名前を呼ばれただけなのに、ぞくりと肌が粟立つ。
張飛の胸板を押し返すように手に力を込めるが、びくともしない。
「だめとか言わないでよ・・。ねぇ、関羽はさ・・戦場じゃどんな武将より強い武人かもしれないけど・・、ほら・・・」

親指の腹で唇を撫でられると、今度は優しい口付けが落ちてきた。何度も何度も唇を吸う様についばみ、ぺろりと舐められる。
「こんなにもか弱い女の子なんだ」
「・・・・・」

(こんなにも簡単に抑え込まれるなんて・・反論できない・・)

「男の部屋で二人きりになるとか無防備すぎ・・」
「・・・っ!」
「力じゃ勝てねーだろ・・?」
「うっ・・」

片腕だけで、易々と両手を縫いとめられる。

「他の男の前ではこんな無防備な姿・・見せんなよ、関羽・・」
そう言うと首筋に顔を埋めてきた。

「っあ・・だめ・・!張飛!やだ・・!」
「嫌がらないでよ。さすがに・・凹むだろ・・・」

(やだ!いやだ! こんな・・酔った勢いとか・・嫌・・・!)
「関羽・・好き、だよ・・」

急に張飛が体重をかけて被さってきた。
(お・・重い・・)

「張飛・・重い・・・!」
「・・・・」

張飛の反応が無い。

「張飛!重いってば!」
「・・・・」
「張飛?」

(まさか・・・)

縫いとめられていた両手の拘束が簡単に剥がれる。
渾身の力を込め、張飛の肩を押しのける。先刻までびくともしなかった彼の身体は簡単にごろりと反転し関羽の隣へ転がった。

「張飛・・?」
「すぅ・・」

(やっぱり・・)

完全に酔いが回ったのか、張飛は眠ってしまっていた。
(びっくりしたけど・・やっぱりまだ・・子供ね・・。そういう私もまだまだ子供だわ・・)

「すぅ・・すぅ・・かん・・う・・」
「・・・っ!!」

名前を呼ばれてドキリとしたが、未だ張飛は眠ったままだ。

「すぅ・・・すぅ・・・」
「ふぁ・・あ・・」

彼の温かな体温を感じ規則正しい寝息と聴いていると、自分まで眠ってしまいそうになる。

(ここで寝ちゃったらダメよね・・。自分の部屋へ・・戻ら・・ないと・・・)

そう思いながらも、緊張感が解けた身体は重く動かすのが億劫だ。

(張飛より早く起きて・・こっそり部屋を出れば大丈夫・・・かしら。 ちょっとだけ・・)
とうとう考える事も出来なくなり、張飛の隣で眠ってしまった。



*



(・・・・甘い匂い・・・。姉貴の・・匂い・・。 やあらかーい・・・すべすべの姉貴のほっぺ・・・。劉備みたいに姉貴をぎゅってしたい・・)
「ぎゅっ・・」

腕の中に柔らかい感触のものがある。

「え・・?」
張飛はうっすらと目を開ける。 そこにはすやすやと可愛い寝息を立てる関羽がいた。

「っ――――――!?!?」
大きな声が出そうになって慌てて口を押さえ目を瞠る。
何度瞬きして見直しても、そこには可愛い寝顔の関羽の姿がある。

(姉貴が! オレの寝台で・・一緒に!寝て?? オレ達もしや・・。 いやいやいや・・姉貴はきっちり服を着てるしオレも昨日のまんま・・)

夢かどうか確かめようと、張飛は自分のほっぺをぎゅっとつねってみた。

(いって! ゆ、夢じゃねー・・。 あーでも昨日宴の途中で酔って・・姉貴に連れられて自分の部屋へ・・ うーん?)

「ま、いいや・・。とりあえずちょっとだけ・・ぎゅってしてもいいかな」
ぼそぼそと一人つぶやく。

「ぎゅ・・」


(や、やーらけー! ちっさー! 姉貴・・いい匂い・・)
「はあ・・姉貴かわいい・・・」
「ん・・・んぅ・・」
「やっべ!」
「ちょう・・ひ・・?」
「あ・・は、おはよ・・」
「・・張飛が私の部屋で・・寝てる・・?」
「違う!ちがうちがう!ここはオレの部屋。 これはオレの部屋の寝台。 姉貴の部屋じゃないからね!そこ重要だから!」

朝、目が覚めると張飛の腕に抱きしめられていて・・。
醒めぬ頭で、曖昧な記憶の糸を辿る。

(そう言えば昨日・・宴の途中で張飛を部屋へ連れていって・・・・。 ん? っ!)

昨日の夜の出来事が鮮明に浮かび上がる。
「あ・・ああそうね・・。思い出したわ!! じゃ、私はそろそろ支度しないと・・」
とにかく寝台から降りようと、身体を起こそうとすると張飛に腕を掴まれ引き戻される。

「・・やだ・・。もうちょっと、こうしていたい・・」
「え?」
「もうちょっとだけ・・ぎゅってさせてよ。 あー・・劉備の気持ちがよくわかる・・。これは・・止まんねー」
「ちょっと・・やめ・・」

(っ!そういえば嫌がったら凹むとか言ってなかったかしら・・。ここは少しわがままを聞いてあげるべきなの・・?)

「ぎゅうううう・・・! はぁ・・やーらかい・・幸せ・・・・」
先刻よりきつく抱きしめられる。耳元で囁かれる幸せ・・という言葉に自分まで嬉しくなってしまう。

「張飛・・」
「姉貴はオレとこうするの嫌?」

(・・嫌がらないでって言ったのは張飛なのに・・。昨日の事覚えてないのかしら・・)
「嫌じゃない・・けど・・」
「けど・・?」
「そんなにぎゅっ、したいなんて子供みたいね・・」

少し昨日の流れで刺激してみる。

「ばぁか・・。わかってねえな、姉貴」
突然張飛の声音が甘く優しいものに変わる。

「張飛?」
「子供じゃないから、姉貴の事・・抱きしめたいんだよ」
「っ!!」
「あ、この部屋・・誰もオレを起こしに来ないから、さ」
「・・え? 誰も・・来ない・・?」

(いや、今の状態で来てもらっても困るんだけど・・ね)

「オレの気が済むまで・・」
「・・・・・・」
「離さないからね・・・」



--終わり--


うん、張飛はたまに甘くなるのがいいと思います・・。
ギャップ萌えですね!
可愛いにのカッコよくなれるといいな〜と思います
きっとカッコいいと思います・・(?)