「君と生きる明日」




「張飛ーー!!」

長坂橋が焼け落ち、張飛を追って自ら川へと飛び込んだ。落ちていく張飛の手に自分の手を懸命に伸ばす。
指と指が触れあい、引き寄せられ・・・。


その後気付いた時は、張飛に見守られ川岸に寝かせられていた。
背中には川に流された時に石にでもぶつかったのか、血が滲み痛みが走る。

「姉貴・・、傷・・痛む? 早く手当てしてあげたいけどここじゃ無理だから・・。手当てできそうな所を探そう。歩ける?」
「うん、何とか・・・。 っつ!」
「・・無理そうだね、ほら・・背中・・乗って?」

張飛は関羽の前に屈みこみ、背中に乗る様に促した。
「お・・重いかもしれないわよ?」
「・・ははっ!今更何言ってんだよ! 姉貴の体重は・・って!・・いってー!グーで殴っただろ!姉貴! ・・まあそれくらい元気な方が安心するけど・・」
「・・張飛が失礼なこと言うから!!」
「なに変な遠慮してんの?ほら、早く! 曹操軍が捜索に来るかもしんねえだろ?」
「・・う・・そうね・・。じゃ・・おねがい」

曹操から折角逃れられたというのに、ここで見つかってはマズイ・・。
目の前に差し出された背中に体を預ける。

よっ、という掛け声と共にふわりと体が持ち上がり視界が高くなった。

「どこか・・洞窟みたいな・・隠れられる場所探すから」

張飛はそう言うと耳をそばだてながら歩き出す。
私はというと、温かい張飛の体温を感じながら彼の歩く振動に体を預けていた。

この前まで私より小さかった可愛い弟はいつの間にか私の背を抜き体格もひと回り大きくなり逞しく成長した。

『オレが姉貴を守るから・・』
村を出てから何度か聞いたその言葉。

こんな自分でも守りたいと想ってくれる人がいる。戦いの日々の中でその言葉にどれほど救われたか・・。
突拍子もない行動をする事もあるけれど、それはひとえに私の為。
失敗する事だってあったけど、その行動を完全には否定は出来ない。

そして今日もその言葉の信念を通すかのように、単身曹操と対峙した。
私を曹操から解放するために。


張飛の背中で揺られながら、じわりと目頭が熱くなる。

「張飛、ありがとうね」
「姉貴?」

小さくつぶやくと、背中の温もりを感じながら心地よい揺れに誘われ眠りへと落ちた。




*




「・・・う・・ん・・」

ふっ、と意識が浮上する。
まず目に入ってきたのは温かい焚き火の炎だった。
気付けば背中の痛みもだいぶ引いている。

「あ、姉貴! 目、覚めた? 少しは背中の痛み引いたんじゃない?」
心配そうに覗きこむ金色の瞳は炎を映して揺れている。

ぼんやりと辺りを見渡すと、焚き火の近くに自分の上着と服が干してある。
「・・・・・?」

醒めない頭で疑問を感じ胸元へ目を向ける。

「!?」
胸元はいつも張飛が額に巻いている布を巻かれており、下は丈の短い下衣だけの姿で・・。

「ちょ・・張飛!!私!!この格好!!」

「あ!あああああ!!ごめん!ごめんなさい! 一応起こしたんだぜ? でも姉貴寝込んじゃって起きてくれなくて・・。 川でずぶ濡れだったし風邪ひいたら大変だって思って・・。えっと・・それに傷の手当てもしたかったし!」
「傷・・・の手当て?」
「そう、ほらオレ傷薬とか持ってたから・・少しでも早くと思って・・」

そういうと、羊の革袋から油紙に包んだ傷薬の軟膏や当て布などを取り出した。
「これに入れとくと、水が侵入しにくいんだ。徐州にいた頃教えてもらったんだ」
「あ・・ありがとう・・。でも・・服! 張飛・・服・・ぬ・・脱がせ・・?」
「そ・・れは・・ごめん・・」
「・・っ・・・・!」
「・・・・・」

(裸・・・見られちゃったのかな・・やっぱり)

洞窟内に妙な沈黙が訪れる。
(き、きまずい・・何か喋らなきゃ・・)

「あ・・」
「あのさ!」
「な、何?」
「服・・そろそろ乾いた頃じゃねーかなーって・・」
「あ、そうね・・。じゃ着替えようかな・・。・・っ!動くと・・まだ痛いわね」
「姉貴は座ってなって。俺が着せてやるよ。って・・この服なんだけど、その布巻いたままじゃ・・着れないね」
「そう、ね・・。折角手当てしてもらったのに・・」
「あ・・そうだ、コレ使えばいいじゃん!姉貴、ちょっと待ってて」

そういうと張飛は自分の胴当てを止めている、腰に巻いた帯をスルスルと解くと包帯のように細く裂いていく。
「ちょ・・、何を・・?」
「ほら、これを傷の保護布がずれない様に巻いていくと上衣も着れるだろ?」
細く切り裂いた布を、傷口に巻きやすい様にくるくると纏めていく。

「とりあえず、今巻いてるその布・・取って? あ、あっち向いてからでいいから!」
「う・・、うん」

(背中の傷の包帯は一人では巻けない・・。やっぱり手伝ってもらうしか・・・ないわよ、ね。 うっ・・恥ずかしい・・。でもそんな事言ってられない・・)

止血も兼ねてだったのか、少しきつく巻いてある布をそろそろと解いていく。

「と、取ったわよ・・?」
「あ、ちょっと待ってて・・。傷の具合・・血が止まったか診るから」
「・・・・うん」

解いた布を胸に纏い背中を張飛に診てもらう。

(そう言えば、昨日の夜もこうして張飛に背中を見せたんだった・・。たった昨日の事なのにずっと前の事みたい・・。今日は色々あったな・・)

物思いに耽っているうちに、傷の具合を診おわった張飛に声を掛けられる。

「姉貴? 血、止まってるみたい。上から包帯を巻いていくからその布・・外してくれる?」
「う、ん・・」

張飛の温かな指の感触を背中に感じたかと思うと右手が脇から前に回され、緩くもきつくもない具合にするすると包帯を巻いていく。

(意外と器用なんだけど・・・腕が・・・胸に当たりそう!!)

緊張で体が強張り、心臓の音が聞こえそうなほど脈打つのが分かる。
「じ・・上手に巻けるのね! ちょっとびっくりしちゃった」
「うん、山賊やってた時、あいつらの傷をよく手当てしてやってたから・・」
「そっか・・」
「ん・・でも女の人の手当ては初めてだから・・難しいね。姉貴、ごめん手伝って? こっちから包帯渡すから」

そう言うと左脇から包帯を差し出す。 それを受け取り自分の胸へ巻いていき右脇から張飛へと返す。
何度か同じ作業が繰り返され、背中と胸全体が包帯で覆われていく。

「!」
ぱさりと、柔らかい上衣が背中に掛けられる。

「ほい、おしまい。 あの服は傷を締め付けると良くないし明日出発するときまでお預けな?」

そう言うと今まで胸に当てていた布を、ふわりと肩から胸元へかけてくれた。
焚き火に何本かの薪をくべると、関羽を後ろからすっぽりと包み込むように座る。
背中を通して張飛の体温がほんのりと伝わってくる。

「張飛・・色々と・・ありがとう」
「何言ってんだよ、当たり前だろそんな事・・」

そっと、傷に響かない様に優しく抱き寄せられる。
「もっと身体、俺に預けて・・楽にしていいよ」
「うん」

その言葉に甘えるように張飛の腕の中へ身体を沈みこませる。
優しい眼差しが関羽を見降ろす。

触れあった所から感じるお互いの体温と、彼の胸から聞こえてくる心音が関羽の心を次第に落ち着かせていく。

「張飛・・」
「ん?なに?」
「もう独りでどこかに行っちゃわないでね・・」
「ふ・・っ、くくっ・・!姉貴がそれ言う?」
「だって・・、だって私・・あなたがいないとダメみたいなの・・」
「あ、ねき・・・」

張飛は嬉しそうな笑みを浮かべ、形のよい唇を関羽の唇に重ねてきた。
ついばむ様な口付けが何度も何度も落ちてきて、関羽の思考を奪っていく。

お互いの存在を確かめあう様に次第に強く求め合い、深くそして強く舌を絡ませ合う。
ちゅ、と音を立てながら名残惜しそうに唇を離すと、そのまま首筋に唇を這わせてきた。

「ん・・・だめ・・張飛・・」
「わかってる・・。怪我人に無茶はしないって。 だけどさ・・」

関羽を抱く腕に少しだけ力が籠められる。
「夜明け前まではオレだけの姉貴でいてよ。どうせ、夜が明けたら趙雲の馬が空で戻った事でオレらに何かあった事がわかるだろ?」
「・・?そうね」
「そしたらすぐに趙雲たちが探しにくるだろうし・・」
「うん・・」
「見つかっちゃったら劉備なんかが、かんう〜って抱きついてきて離れなくなっちゃうんだ・・」
「ふふっ・・目に浮かぶわ」

「だから・・!」
張飛は関羽の背中の傷が地面へ直接触れない様に、優しく抱き直す。

「だから、今だけはオレに独占させて?」
「・・っ!」
「ね、お願い・・」
「う・・ん」

(この甘えた口調に昔から弱いのよね・・)

関羽は心の中で笑いながら、彼の背中に腕をまわした。




--終わり--


あの、橋から落ちた後の夜明けまでのひと時を少しだけ甘く過ごせたらいいのになと・・
いつもは馬鹿可愛い張飛だけど、二人きりの時は思いっきり甘くなったらいいのにな、とか・・
そんな事を毎日思って過ごしております(笑)