「真昼の偃月」


「だあああ!!また負けたあ!!くっそう、ぜんっぜん姉貴には勝てねーよ!」
「張飛は本気を出せば私よりも強いんだから、世平おじさんとの鍛錬も真剣に取り組めばいいのに・・」
「そんな事言ったってよう・・オレ「はいつも真剣だっつーの」

どんなに平和な猫族の村でも、オレ達は常に人間という外敵から身を守るため鍛錬を積んでいる。
今日も村一番の手練れに真剣勝負を挑んだ一戦で、負けてしまった。
「村一番の手練れが姉貴とは・・オレはついているのか、ついていないのか・・」

鋭い爪のついた手甲を外すと、野原の真ん中にごろりと横になる。
その横に姉貴が自然と寄り添う形で腰かける。

トクン、と体の奥で何かが鳴った。
それを誤魔化すようにオレは大声を出した。

「あ〜あ!そのうち姉貴に勝っておっちゃんを見返してやるんだ!蘇双にも関定にも猫族の皆に俺は猫族一番だって認めさせてやる!」
「あなたが強い事は皆知ってるわ?」

ふわりと、姉貴が笑う。
オレはずっとこの笑顔の隣にありながら、それをオレだけのものに出来ないでいる。

幼い日の約束。
あの日誓った思いは、今でもオレの中の一番大事な約束事だ。

『オレが強くなって姉貴を守れるくらいになったら、ぜってー嫁に貰うから!』

姉貴はそれを忘れているかもしれないけれど。
オレが忘れなければいつの日か・・。
そういう思いでオレなりに必死で鍛錬を積んできた。

でも姉貴は・・いつでもオレの先を歩いている。
オレはその背中を見る事しか出来ない・・。彼女の前に立ち塞がる敵から守ってやる事すら出来ないのだ。
オレは役に立たない存在・・。そう、まるで真昼の偃月・・。
どんなに太陽を愛しく思っても、気付いてさえ貰えない中途半端な存在だから。


*


風をうけどこか遠くを見つめる彼女に手を伸ばす。
額に浮かぶ汗も、瑞々しくたゆたうその髪も・・その全部を欲しいのに・・。
触れる事すら叶わない。

「張飛?どうしたの?」

彼女が振り向き笑みをこぼす。

「い・・いやあの・・姉貴の・・髪!!綺麗だなって、さ・・」
「髪?そんなの・・全然手入れも出来てないし・・、戦いの邪魔だからって髪飾りさえつけてないのに・・」
「そ・・そんなのつけなくったって姉貴はき・・・・」
「き?」
「綺麗・・だよ・・」
「・・・・・」


きょとん、と。目を丸くし見つめる彼女の視線に耐えられず、ごろりと寝がえりを打ちそっぽを向く。

「ふふ、ありがと。そんな事言ってくれるの、劉備と張飛だけね」

ふわりと、花の匂いがした。そして髪を撫でられる感覚・・。

「―――――っ!!姉貴!!何してんの!」
「何って・・あなた、昔から髪の毛を撫でられるの好きだったでしょう?嬉しい事を言ってくれるからつい・・」
「お・・おおおオレは!もう子供じゃねーよ!」
「そうね、でもあなたの髪ってふわふわで柔らかくて、あったかくて・・。いつまでも触って居たくなるのよ」
さらさらと、しなやかな彼女の指がオレの髪を撫でていく。

「だからって!劉備を撫でるみたいに・・子供扱いすんなよ・・」
「ご・・ごめんなさい・・」

『くっそ!うっかり怒鳴っちまった・・。気ぃ・・悪くしちゃったかな?』

そんな張飛の気持ちをよそに、心地良い風が二人の間を通り抜ける。
会話もなく静かな時が過ぎる。

「・・・・・」
「・・・・・」

「?」
「・・・・・」
「姉貴・・・?」

彼女がオレの子供っぽい言動にあきれ果て、音もなくどこかへ行ってしまったのだろうかと不安になりそっと身を起こした。

「姉貴・・・」

彼女はそこに居た。
座ったままで、うとうとと居眠りしていた。

「ったく・・どっちが子供だっつーの。ほら、そんなカッコで寝てたら・・って!!」

彼女を起こそうと、肩に触れた瞬間。
ぽすん、とオレの腕の中へ落ちてきた。

「・・・まじで・・・?」
「・・すぅ・・すぅ・・」

花の様な・・果物の様な爽やかで甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
「あ・・ねき?」

腕の中の彼女は思ったよりも、とても小さく・・柔らかで。
少しだけ腕に力を込め、抱きよせる。

「こんな小さな体で毎日俺達を・・猫族を・・守ってくれてんのな・・」
「・・すぅ・・すぅ・・」
「オレ・・もっと頑張るよ。強く・・姉貴よりも強くなるから。姉貴を守れる男になるから」
「・・ん・・、ちょ・・う、ひ・・」

彼女の唇から洩れた言葉に、たまらずぎゅっと抱きしめてしまった。

「姉貴・・好きだ、よ」
「・・・・」
「これだけ抱き締めても・・起きない、か。オレって男として見て貰えてないのな」

少しだけ腕の力を緩め、彼女の美しくも可愛らしい面立ちを見つめる。
今は閉じられた、漆黒の瞳にオレだけが映ればいいのに・・。
こうやってずっと腕の中に閉じ込めておければいいのに・・。

「今はその資格がないから・・・」

少し汗ばんだ彼女の額に唇を寄せる。

「これだけで我慢してやんよ・・。だから姉貴は・・立ち止まらずに進み続けて・・」
「・・・・・」
「必ず、追い越して見せるから・・・」

未だ目を覚まさない愛しい彼女をもう一度胸に抱き寄せた・・。









物語が未だ始まってない、穏やかなひと時・・・
このまま平和が続けばいいのにと、ひたすら願います